小説 「君に何が残せたのかな」-10~結城 side~【タイトル 残り177日】 今日は朝から快調だった。 今までにないくらいの絶好調。 なのに行き先は病院。不思議なものだ。 医者の誤診じゃないのかと思ったが検査結果では相変わらず異常値を出す項目がある。 現実だけが何もかもを伝えてくれる。 病院で変なアンケートを書かせられた。 ・ 今何がしたいですか? ・ モチベーションをあげるために何をしていますか? ・ 毎日楽しいですか? このアンケートで何が知りたいんだろう。 死を突きつけられた人間が楽しく毎日を過ごしているとでも思っているのだろうか? 今日は彼女からの電話でかなりひどいことを言ってしまった。 嫌われるためとはいえ胸が痛い。どこかに吐き出したかった。 今日はなんだか体調が良かったのにアンケートのおかげでテンションが下がって、自分のとった行動にも吐き気がしてきてしまった。 このままだとまたひどいことをここにも書いてしまいそうだから、今日はこれでおわります。 私は今日一日を振り返って、こんな辛い思いをしないといけないのか。 でも、もう後戻りは出来ないんだ。 私は眠りに落ちることに決めた。 睡眠薬を飲んで。 ~日比谷 side~ 夜、電話が鳴った。 綾からだった。 日比谷はびっくりした。 綾は電話で泣いていたからだ。 「何かあったのか?」 ただ、泣いている綾は何も言わない。 日比谷は受話器越しに綾の声を泣き声を聞いていた。 落ち着くまで待とう。日比谷は近いことが昔にあったことを思い出した。 そう、『あおい』が死んだ時だ。家に戻ってくるのじゃないかと何度も思っていた。 家にある『あおい』の荷物。 まだ、飲酒運転のトラックにはねられたなんて信じられなかった時だ。 ちょうど飲酒運転撲滅キャンペーンか何かをしていたのだろう。 テレビの取材が日比谷のところにも着ていた。 部外者なんだから、知らない人間なんだから。 そっとしておいて欲しかった。 けれど、執拗にコメントを求めてくる。被害者の会という人からも連絡があった。 今は現実を受け止めるだけで精一杯といっているのに、どんどん日比谷という人物を勝手に作って話を進めていっていた。 あの時、堪えきれずに結城に電話をしたのを思い出した。 「今度はこっちの番だよな。結城。」 日比谷は心の中でつぶやいた。 しばらくして、綾が話し出してきた。 「ゆっくんに『平日もたまには会わない?』って言ったの。 そしたら、今久しぶりのオフだから、次はいつこういう風に休めるか解らない。 だから自分の時間が欲しいって言われたの。 私も解っている。こんな風にもう休める時なんて来ないことを。 だから、私は一緒にいたかったの。 そしたら、『綾には関係ないだろ』って怒鳴られた。 私はゆっくんに何が出来るんだろう。 どんどん不安になってきたよ」 綾が泣きながら話している。 頭の中で綾は解っているだろうけれど、やっぱり目の前にすると辛いものがあるはずだ。 それに、結城自身はどうにかして綾と別れようとしている。 今まで大きなケンカすらしてこなかった二人だ。 日比谷は考えながら話した。 「なあ、綾。 結城は今偽悪的な行動を取ってでも綾を自分から離そうとしている。 だからあえてらしくない行動をとっているんだろう。 良く考えてみな。綾の知っている結城はそういうことをいって平気なのか?」 綾は泣きながら気が付いてきた。 「ううん、違う。ゆっくんはこんなこと言って平気じゃない」 かぼそく、でも、徐々に力強い綾の声に変わってきた。 日比谷は続ける。 「だろ。だとしたら、綾が苦しいのと同じように結城も苦しいはずだ。 今、自分がしたことに心が引き裂かれそうになっているはずだ。 しかも、死という恐怖と隣りあわせで。 助けるんだろ。支えるんだろう」 日比谷は続けた。 おそらく、似たようなことをかつて綾は言われたはずだ。 そう、今日比谷は結城があの時、あおいが死んだ時に綾に言ったであろうセリフを想像して言っていた。 綾は泣き止んでいた。 「そうだね。ゆっくんにも前に言われたもの。 日比谷さんがすさんでいた時に、今俺たちが受け止めなきゃ日比谷はもう戻ってこなく なるぞ、って言ってたもの。 これ、内緒だったんだけれど、日比谷さんに話しちゃいましたね。 でも、ゆっくんが壊れそう。ただでさえ死と向かい合わないといけないのに。 だからこそ、私、何があっても支えるね。ゴメンなさい。 弱音はいてしまって」 綾はそう言って電話を切った。 日比谷は安心したが、逆に綾には出来なくて日比谷にしか出来ない事を考えていた。 気が付いたら、結城にメールをしていた。 「明日、メシでも食わないか? ノンアルコールで」 返事は来なかった。 日比谷は返事が来たら対応できるように都合だけは明日つけようと思った。 ~結城 side~ 目を覚ました。 頭がふらふらする。頓服として出てきた睡眠薬を飲んだが、効き過ぎているのか起きてもどこか起ききれていない。 まるで、荒れ狂うボートにのっているみたいに世界が揺れていた。 二日酔いでもこんなにならないのにな。 私は苦笑いをした。 携帯を見る。 メールが来ていた。 日比谷からだ。 昨日の夜だったが、睡眠薬のせいかまったく気が付かなかった。 内容は食事の誘いだった。 昨日のことがあったから本当は綾に逢いたいと思っていた。 だが、こんなことで綾に会っていたら別れるなんて出来るわけない。 私はまるでバイキングで食べ過ぎた時のような消化不良に陥っていた。 日比谷なら何かいい案が出るかも知れない。 いや、この手帳の中に答えがあるかもしれない。私は過去の手帳をもう一度読み直すため鞄に入れた。 今日も出かけないと。 出かける前に日比谷にメールした。 「夜、六本木に行くよ。 19時くらいに六本木着くようにするからよろしく」 私は手帳に書いている予定通りに移動を開始した。 残された時間は限られているのだから。 19時調度に六本木駅に着いた。 クモの近くのベンチに座る。 日比谷からまだメールは来ない。 仕事が押しているのだろう。 私はあたりを見渡した。 仕事が終わったのか家路に着く人、これからデートなのか出かける待ち合わせをしている人。 色んな人がここにはいる。 私みたいに死を向かえる準備をしている人がここにいるのだろうか。 私はふと思ってみた。笑っている人、疲れている人。 私は今笑っているのだろうか。 ふと疑問を持ってしまった。 笑っているはずがない。独りで最後を迎えようと決めているのだから。 いや、本当ならば誰も巻き込まずにひっそりと逝く方が良かったのかも知れない。 だが、残された人のことを考えるとそうも行かない。 考えるとどんどん鬱になりそうだ。 そういえば、出されている薬は痛み止めと、睡眠薬。それと抗鬱剤。 医者が必要だろうということで処方してくれている。私はいつまで私でいられるのだろう。そんな変な思いを持ってしまう。 明日は綾とデートだ。 あの映画を見るのかな。ラストは見ることが出来ないとわかっているのに。 どんどん考えると限られた時間の中で自分が何をしようとしているのか、何が出来るのかなど色んなことを考えてしまう。 携帯が震えた。日比谷からだ。 「今から下におりるけれど、どこにいる?」 誰かがいてくれるというのは嬉しいものだ。 「クモのところにいるよ」 私はそう返した。 しばらくして日比谷が来た。 「遅くなってすまない」 日比谷の笑顔に救われた。 「どこに行く? 落ち着いてご飯食べたいよな」 そういって、下にあるさくら食堂にいった。 定食屋だった。 落ち着いた、どちらかというと女性むけのようにも感じる薄い緑のこの店は日比谷と私という二人にはちょっと場近いかも知れなかった。 私はうなたま定食を頼んだ。 日比谷が話しかけてくる。 「あ、そうそう、篠塚が昼にこれをもってきたんだ。 なんか結城に渡しておいて欲しいだって」 日比谷は鞄からラッピングされた塊を出してきた。 直接渡せばいいのにと思いながら私は空けてみた。 中身はDVDだった。 『世界の中心で愛をさけぶ』『恋空』『僕の生きる道』 一瞬見てうんざりした。 私は中身をみて篠塚が考えていることがわかった。 「多分、篠塚なりの気の配り方なんだろうな。 こういうのを見るとあおいはストレートにモノを言っていたな」 日比谷はそう話してきた。 確かに『あおい』はよくもわるくも感情をストレートに出す人だったな。 私は思い出した。 そういえば、『あおい』には何度も言われたな。 「綾を泣かしたら許さないからね」 と何度も。 私は思い出していた。 思いにふけっていたら日比谷が話してくれた。 優しい、笑顔だった。 「なあ、自分を見つめなおしてどうだ? 就職活動の時もそうだったが、一人でしてたってどんどんくらくなるだけだぞ。 結城は一人じゃないんだから話してくれてもいいんじゃないのか?」 他の誰かだとこういうことを言われたら辛いだけかも知れない。 だが、日比谷だけは違っている。 色んな苦難を乗り越えてきた。 だからこそ話せることもある。 私はうれしくて泣きそうになった。でも、泣くにはまだ早い。 私はいろんな気持ちを飲み込んで話した。 「うん、一人じゃないからな。 だからこそ辛いと感じる時もある」 私は多分卑怯だ。 いや、わかっている。どこかで最後は一人なんだと思っている。 もっとちゃんと解っている。多くの人に支えられていることを。 正直嬉しかった。 それから日比谷とは他愛もない会話を続けていた。 一番これが気分転換になって、でも何の解決にもならない時間。 けれど、居心地が良かった。 「じゃあ、帰るか。明日はどうしているんだ?」 日比谷が話してくれた。 明日は綾とのデートだ。 場所は新宿。もう言わなくても待ち合わせ場所は決まっている。 不思議なものだ。街によって待ち合わせ場所がすでに決まっている。 どこにいくにしても『ここ』という感じに。 不思議なものだ。 私は色々な思い出を振り返りながら日比谷に話した。 「ああ、明日は綾とデートなんだ」 私は日比谷に伝えた。 日比谷は笑顔で 「そっか」 と言ってきて、その後に付け加えるようにこういった。 「楽しんだっていいんじゃないのか」 一瞬だけ日比谷が真面目な表情に変わった。 すぐに笑顔になる。 楽しむか。 確かにそれも大事かも知れない。 私は日比谷と別れて家路に着いた。 家に着くとパソコンを立ち上げる。ブログを更新するためだ。 コメントが着いている。 「そんなに自分を責めなくてもいいんじゃないですか? 誰もあなたを責めませんよ」 誰だか知らないが泣きそうになった。 ブログを更新する。 【タイトル 残り176日】 今日も出かけていました。 友達と会っていました。 一人じゃないって思えるっていいと思いました。 後、違う友達からプレゼントを貰いました。 もらったものはここには書きませんが、その人らしい気配りだと思いました。 複雑でしたけれど。 明日は彼女とデートです。 打ち明けることはないと思いますが、楽しめるようにしたいと思いました。 限られた時間ですから。 私は更新をしてパソコンを落とした。 夜を長く感じるようになった。眠れなくなってきている自分をようやく認識できた。 [次へ]「君に何が残せたのかな」-11へ移動 |